みゅ〜♪SS 『続編』 作・ドーデン
続編

1
 ざくざく。ざくざく。
(みゅう。)
 ざくざく。ざくざく。
(みゅ―――。)
 ざくざく。ざくざく。
(手、つかれた。)
わたしはショベルを置いた。
 足元に横たわるみゅうを見やる。白い顔をして、じっと動かない。
 みゅうは死んだのだ。昨日、わたしの腕の中で。


 一緒にお風呂に入ってくれたみゅう。
 学校にもついてきてくれたみゅう。
 友達のいないわたしを、ただ一人、本気で心配してくれたみゅう。
 息を引き取る間際まで、わたしを見つめていた――
「みゅう…。」
わたしは再びみゅうが休むための穴を掘り始めた。
 そのときだった。あの人たちが現われたのは。


2
「長森さん、本当にこっちが近道なの?」
「うん、ほとんど誰も使わないけどね。」
「あれ、でも誰かいるわよ。」
見ると、確かに七瀬さんのいうとおり、女の子が地面にうずくまって、一生懸命自分の服を汚していた。思いやりを持って見れば、穴を掘っているようでもある。
「みゅう〜!」
一心不乱にショベルを動かしてはいても、掘った先から土が崩れてきて、一向に穴が深くならない。その子の足元の生き物――の死骸――を埋めるつもりのようだが、このままでは穴が完成するより先に生き物は土に還りそうな気配だ。
「手伝ってあげようよ。」
「え――!…しょうがないわねえ。」
七瀬さんは、本当に仕方なさそうについてきてくれた。
「こ、これって…。」
七瀬さんはその生き物を見て、一瞬何かを感じたらしかったが、すぐにまた黙ってしまった。私もそれの名前を思い出せそうな気がしたが、魔法がかかったようにどうしても思い出せない。
「手伝おうか?」
余程近づいてから声をかけると、その女の子はようやく顔を上げた。
「…」
しかし、言葉はない。
「その子のお墓を作ってるんだね。」
真剣だった表情が急に緩んだ。
「みゅうが死んだの。みゅうが…」
見る見る泣き顔になる。
「みゅ―――!」
女の子は生き物の亡き骸に取りすがってわんわん泣き出した。
「みゅ―――っ、みゅ―――!」
「ちょっと、長森さん、興奮させてどうするのよ。」
「ごめんね、悲しいこと思い出させちゃったね。」
私は女の子の頭を軽く、何度も撫でた。
「みゅうっていうんだね。」
抽象派の着けそうな名前だ。
「みゅうがゆっくり眠れるように、ちゃんとしたお墓作ってあげようね。」
ショベルを取り上げて、代わりに穴を掘ってみる。…しかし私もうまくいかない。
「あれ?」
「貸して。」
七瀬さんにショベルを渡すと、猛烈な勢いで掘り始めた。こういう時は頼りになる。
「こんなものね。」
十分ほどで人間一人入れるほどの穴が出来た。その間小さな女の子は、生き物の手を握りながらショベルの動きをじっと見守っていた。
「最後のお別れだよ。」
私が促すと、その子ははっと気づいたように握っていた手を自分の胸に引き寄せた。ひとしきり長い抱擁の後、女の子は早くことを終わらせたがっている七瀬さんに生き物を引き渡した。
「いい?埋めるわよ。」
七瀬さんが死骸を穴に放り込み、掘り出した土を元に戻していく。
 しかし、土が顔をおおい始めると、途端に女の子は慌てて生き物にすがり付き、せっかく埋めた部分を掘り返してしまった。
「みゅ―――っ、みゅ―――っ!」
「あ〜あ、せっかく埋めたのに。」
私は一呼吸おいてから女の子の肩に手を置いた。
「きっと、とても仲のいい友達だったんだね。」
「みゅう、みゅう―――。」
泣きじゃくってなかなか止まない。
「かわいそうだから、もう休ませてあげようね。」
五分ほどして、女の子はようやく死骸から離れた。
「今度こそ本当に埋めるわよ。」
女の子は泣きそうな顔をしながら、しかし泣き出さずに、生き物が埋まっていくのをじっと見ていた。完全に埋められた後、ちょっと大きめの石を乗せ、近くに咲いていた名前の分からない草花を摘んでお供えにした。
 簡単な葬式が終わると、女の子は軽く頭を下げてどこかに消えた。


3
 みゅうと別れて、わたしの生活はまた以前のつまらないものに戻った。
 学校には行ったり行かなかったり――行かないことの方が多い。行ってもいじめられるだけだし、みゅう以上の友達は絶対できない。勉強は、元から分からない。
 近所の林に一人で遊びに出かけて、戻ってきてお母さんの悲しそうな顔見て…。
 繰り返される退屈な日常。
 昨日と明日の区別もつかない日々の積み重ねが、確実にわたしの周囲の時間の流れを蝕ませていった。
 やがてものごとが春になり、そして夏が過ぎ、秋に代わると、冬が――みゅうと別れた季節が近付いてきた。


4
 そんな時だった。あの人と再び出会ったのは。
 ときどき昼寝に使うどんぐりの木の下、あの人はそこに寝ていた。
「椎名?」
いきなり苗字を呼ばれた。
 見覚えのある制服――袖の擦り切れたところまで。わたしはその人の上にかがみ込んだ。
 何かが一致した。いや、思い出した。みゅうだ!わたしを見守って、わたしを心配して、わたしの成長を待ってくれた、みゅうが戻ってきたんだ!
「俺が分かるのか、椎名?」
「ふいふい♪」
わたしはどうしようもなく嬉しくなって、みゅうの首筋に勢いよく抱きついた。制服の襟元に鼻をすり付けると、なつかしい匂いが染み込んでくる。後ろ髪を撫でてくれる手が気持ちよかった。しばらく二人で横になって、そうしていた。
「そうだ、一緒にハンバーガー食いに行こう。」
「みゅう♪」
早く空白の一年間を取り戻したい。すばやく起き上がるわたし。だがみゅうは、立とうとして上半身を起こした姿勢のまま、動かなくなってしまった。
(どうしたんだろう、眠たいのかな。)
わたしはみゅうの頭を抱いて、再び横にさせた。みゅうはじっとわたしの目を見ている。
「椎名、成長したな。」
「うん。」
(まだ甘えていたいけど。)
「椎名、いい女になってきたな。」
「みゅう?」
(そうかな?でも、うれしい。)
「椎名、…ごめんな。」
(…ごくり)
恐ろしい言葉を、わたしは聞いた気がした。
 よく見れば、明らかにみゅうは衰弱していた。永遠の世界を旅してきたみゅうは、すでにその命をほとんど使い果たしていたのだ。
(みゅうは最後の力でわたしのところに戻ってきたんだ。)
改めて、わたしはみゅうの顔を見つめた。口は苦しげな息を吐いている。目が、笑えと言っていた。
 理由の明らかでない涙のせいで、すでに視界がにじんでいたけど、わたしはみゅうのために笑顔を作った。それを見て、みゅうはやさしい顔になって…そしてゆっくりと目を閉じた。
 みゅうは、ただ睡眠不足で疲れているだけかもしれなかった。そう思って、わたしは一分間だけ我慢した。たぶん、一分間はもったと思う。
 その後みゅうの胸に泣き崩れた。


 もう何度目だろう。こんな悲しい思いをするのは。忘れてしまいたい。知らないで済ましたい。
(何を?みゅうを?)
わたしは突然湧き上がった自問にはっとした。
 誰からも忘れられて、誰からも相手にされないで、林の奥で思い出を抱いて死のうとしていたみゅう。わたしとの思い出の場所を望んだみゅう。最後の力で、わたしと喋ってくれていたみゅう。わたしの笑顔を喜んでくれたみゅう。
(みゅうを忘れたらあなた仕合せだった?みゅうに会わない方がましだった?)
 いいえ!
 忘れていてごめんなさい。忘れようとしてごめんなさい。
 あなたからもらった強さ。あたたかくて優しいまなざし。
 出会った喜び。分かれる辛さ。
 忘れないよ…。
 あなたと過ごした短い時間、特別な季節だよ。
 わたしの、永遠の季節だよ…。


5
 みゅうは死んだ。わたしの腕の中で。
 みゅうの遺体を、野垂れ死にのようにさせておいてはいけないと思った。ただ、わたしにそれができるだろうか。まだ形の残っているみゅうを、土の中に埋めてお別れするなどということが…。
 とはいえ、それは他の誰でもない、わたしがしなければならない仕事だった。わたしは家からもって来た雪かき用のスコップで穴を掘り始めた。十分ほどかかって、どうにかみゅうが入れるだけの穴ができた。
(今、休ませてあげるね。)
わたしはみゅうを両脇のところでかかえると、今掘った穴に収めようとした。
「ふい?」
人の気配に目を上げると、そこにはあの黄色い服の女が立っていた。
「そいつをこっちにお寄越し。」
わたしは身構えた。
「あんたももう分かってるでしょうけど、これは永遠の世界を繰り返すアンハッピールートよ。」
「みゅ?」
「バッドエンド確定と分かっていながら、あくまでヒロインの座にこだわる――乙女にしかなせない技よね。」
「…ふえ?」
「もう、呑み込みの悪い子ねえ!要は、あたしが浩平を埋めちゃえば、浩平は転校初日の朝あたしにぶつかってから、最後にあたしに土葬されるまでの思い出を永遠に繰り返すのよ。」
わたしは女の突飛な発言にたじろいだ。
(この人変だ。)
「サブキャラはさっさと帰りなさい。あたしはこれから墓穴も作らなくちゃいけないんだから!」
 その時背後に別の声がした。
「墓穴はあるよ。」
再び後ろを振り向くと、脱色した女が持参した工事用スコップを振り回していた。
「ここにあるよ〜」
あろうことか、せっかくわたしが作った穴を埋めて、新しく自分のを掘っている。
「みゅ――!」
「長森さん、あなたまで…。」
「あはは、世の中にはバッドエンドの方が好きな、病んでるお友達もたくさんいるんだよ〜。メインヒロインはそこまで拾っとかなきゃ〜。」
(…この人たち、絶対変だ。)
わたしたちは、思い思いの土木用具を手にして向かい合った。もはや一寸の隙も見せてはならなかった。
「こうなったら先に埋めちゃった方が勝ちなんだよ〜」
「何お!永遠のヒロインの座はあたしのものよ!」
「みゅ――!みゅ――!」


 ……
 私はキーボードから手を離し、しばし腕組みをした後、ウィンドウの右上のXボタンをクリックした。
「前作はこんな変なゲームじゃなかったんだがなあ…。」
私は内容の割に大きすぎるそのゲームのパッケージを眺めた。釣られてしまったタイトルの文字が恨めしい。
『ディグ夕゙グ3』


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