みゅ〜♪SS 『メイドなしいな 前編』 作・ゆーき
今日、俺の家に椎名が遊びに来ている。
最近椎名にポケ○ンカードというトレーディングカードゲームを教えてみたところ
大分気に入ってくれたようで、ここのところ毎日の様に俺の家に遊びに来ている。
このカードゲームは先ず自分が所持しているカードを用いて、ルール上で決められた
枚数の範囲内でそれらを自由自在に組み合わせて『デッキ』という物を作り、
他のプレイヤーが作ったデッキと戦って勝敗を決めるというゲームだ。
よってデッキ強化の為に追加カードを購入したり、誰かとカードのトレードをしたり
しないとデッキが発展しないし、なにしろ何度も戦えば自分自身の腕も上達するので
他人との接触がこれからも必要になる椎名には丁度良いだろう。
そんなある日、俺は椎名とある「約束」をした。
そしてその約束を果たすのが今日なのである。
 
 「さて、と。椎名、これ着るのは約束だったんだからな。」
 「…ヒラヒラしててうっとおしい…。」
 「仕方ないだろ。このあいだポ○モンカードで負けた方がメイド服着て1日だけ
  メイドさんごっこするって約束しただろ。」
 
そう。
俺達はカードゲームで負けた方がメイド服を着て一日だけメイドさんの
真似事をするという「約束」をしていたのだ。
ちなみに「賭け」という言い方は止めておいた。
椎名に賭けるという行為はあまり教えたくはないし、まだ早いと思ったからだ。
 
 「う〜。でもこうへい強いからズルい…」
 
いざ負けてしまうと嫌になってくるらしくムチャクチャな理屈でイチャモンを
つけてくるがもちろん認めるはずも無く、かくいう俺も俺で
 
  「こらこら、何で強いとズルいんだよ。とにかく負けは負け。
   この服だって可愛いからいいだろう?椎名、すごく可愛いし似合ってるぜ?」
 
と、何とか説き伏せようと試みる。
っていうかここで約束を守らせないと真夜中に3時間もかけて
打倒椎名の最強必勝デッキを作った苦労が無駄になるし
そもそも椎名のメイド姿というのを是非見てみたかったからだ。
それにここで約束を守らせないとあいつの為にもならないだろう。
何よりわがままはいけない。
 
 「う〜……うん、わかった。で、なにするの?」
 
椎名もやはり女の子で、可愛いとか誉められると弱い様だ。
でも実際、メイド服を着た椎名はなかなかに可愛らしい。
普段の行動が行動なのでそういった先入観がある分
メイドっぽいという印象は薄いのだが、それでも十二分に可愛らしい。
 
 「えっとだなぁ…とりあえず家の掃除をしたり、お洗濯したり、料理作ったり
  とにかく俺の身の周りの世話をすればいいんだよ。判るだろ?」
 「うん。」
 
ちなみに俺自身はメイドの事についてそれほど詳しくはない。ミーハーなのだ。
俺がメイドさん好きなのも住井に半強制的に読まされたHマンガや同人誌で
染められたせいだ。おかげでメイド風の制服のファミレスに通い出す始末。
俺が思わずコスプレ衣装専門店でメイド服を買ったのもその延長だ。
つくづく俺も業が深い。
確か、なんとかの中の小鳥とかいうパソコンゲームに出てくるメイドさんのデザイン
だったと思うが、スカートが少し長くなっていたりと微妙にデザインが違う様だ。
ただ、世間一般に言うメイドさんというのは、家の住人が多忙等の理由で
炊事・洗濯がままならない時に代行して貰う為にいるものらしい。
それはそれでいいよなぁ、と思う。
世話好きの長森なんかには特に向いているのでは無かろうか。
 
 「じゃあ、先ずは掃除からだ。掃除機とハタキは階段の下にあるからな。
  頼んだぞ?椎名。」
 「みゅー!」
 
とりあえず無難そうな所で家の掃除をやらせてみた。
ここ4日間は由起子さんはご近所の奥様達と温泉旅行に行っている。
その間は俺が掃除をしなければならなかったので丁度いい感じだ。
あの椎名だって掃除機での床掃除くらいは出来るだろう…。
 
 
 
それから5分後、俺の期待を粉々に打ち砕く様な、やかましい音が階下から鳴り響く。
 
 「みゅ〜♪(ダダダダダダダダ!)」
 
不覚だった。
掃除機をつかっているのは椎名なのだ。
下面に「さあ、お好きな様に走らせて下さい」とばかりに付いているローラー。
そして本体からびろーんと延びているホース。
椎名にしてみればまさに格好の遊び道具だ。
 
 「こらーっ!掃除機引っぱって走り回るんじゃないっ!」
 「だって、たのしいんだもぅん」
 
まあ、俺も昔にやったクチなので分からなくも無い。
でもそれとこれとは話が別だ。
 
 「メイドさんはそんな事はしないのっ。ちゃんとお掃除しないと駄目なんだから。
  掃除もちゃんと出来ないと将来いいお嫁さんになれないぞ?」
 「いいもぅん、こうへいのおよめさんにしてもらうから。」
 「は、はい?」
 
一瞬耳を疑う俺。念の為問いただしてみようと思った矢先、
 
 「みゅ〜♪(ポチッ、ガラガラガラガラガラ)」
 「だーっ!コード巻き取りボタンで遊ぶんじゃありませんっ!
  トホホ、もう掃除はいいや…。じゃあ、次は洗濯な。」
 「うんっ!」
 
これだもんなぁ…
結局、椎名に掃除をさせる事は諦めて今度は洗濯をさせる事にした。
とりあえず溜まっている俺の洗濯物を全自動洗濯機に放り込んで、
あとは使い方を教えておいた。
まあ、洗剤入れてボタンを押すだけだから椎名でも楽勝だろう。
 
 
 
椎名に洗濯機をまかせて5分後、少し心配になった俺は様子を見に行った。すると、
 
 「みゅ〜♪(ブクブクブクブクブクブクブクブク)」
 
どうやら洗剤で遊んでいたらしい。よく見ると洗剤の箱が殆ど空になっている。
たまにこちらへ飛んでくる泡が俺の服に付いて、すぐに弾ける。
泡だらけの部屋というのもなかなか綺麗でファンタジックだが
今はそんな事を言っている場合では無い。
 
 「ぐあっ!洗剤で遊ぶな〜っ!あーあ〜周り中泡だらけじゃ無いかよぉ…。」
 「ふえ?これもつかうの?」
 「あーっ!それは塩素漂白剤だから混ぜたらダメ〜っ!」
 「ほえ?」
 「他の洗剤と混ぜると毒ガスが出るから危ないんだよ。」
 「じゃあ、あぶないからすてる。」
 
よく判らん理屈だ。
 
 「捨てても駄目なのっ!」
 「う〜。こうへいわがままだもぅん」
 「おまえに言われたかないやい。まあ、いいや。次、料理…は止めておいた方が
  よさそうな気がするな。次は、っと…あ!そうだ。じゃあ俺の部屋で…」
 「ほえ?はだかになるの?」
 
え?
何だって?
俺は耳を疑った。
 
 「な、ななななな何の話だよ?」
 「こうへいのへやにあったマンガにのってたヤツ」
 「ま、まさかお前…それってベッドの下にあった?」
 「うんっ」
 「し、しまったぁ…クローゼットに隠すの忘れてた…。」
 
またしても不覚。
恐らく以前椎名が遊びに来た時、俺がベッドの上に寝転がってマンガを読んでいる間に
その下に隠してあったHマンガをちゃっかり読んでいた様だ。
 
 「あのなぁ…別にあんな事しようぜって言ってる訳じゃないんだからね。」
 「でもあのマンガにのってた人、まゆとおなじ服、きてた…。」
 
どうやらメイドという物をかなり誤解しているみたいだ。
ちょっと警戒しているみたいで上目づかいで俺をまじまじと見つめる。
メイド服着るのを渋ったのも何となくうなずける。
 
 「あ、そんなマンガも載ってたっけか…。
  ま、まあアレは嘘っぱちだから間違っても真に受けちゃいけないぞ。な?」
 
俺は椎名の頬を両の掌で挟みお互いのおでこをぺたっとくっつけてやった。
椎名はこういった肌を触れ合う、まさに言葉通りのスキンシップを大変好む。
こうしてやるとすごく安心できるみたいだ。何やら嬉しそうに鼻を鳴らしている。
 
 「う〜…うん、わかった。」
 
いつもの調子に戻った繭の服をタオルで拭いてやった。
泡が少々ついていただけで洗濯しなくてはいけない程の物では無かったがなによりだ。
 
 「んじゃ、もう洗濯はいいから俺の部屋でポ○モンカードやろうぜ。
  俺と遊んで楽しませるのもメイドの仕事だからな。」
 「うんっ」
 
服の泡を拭き終え、とりあえず椎名を先に部屋へ上がらせておいて
俺は一人で洗濯場の掃除を始めた。
 
その最中、ずっと考えていた事がある。
それは洗濯を止めさせた後、椎名を部屋に誘った時の反応だ。
確かに嫌がってはいたが、だったら何故メイド服を着る時もっと反抗しなかったのか?
それともあのマンガを見て得たわずかながらも性行為に対する興味や期待があったのか?
それだけ繭の精神年齢も上がっているという事なのだろうか?
 
俺は椎名と初めて寝た時の事を良く覚えている。
ちょっとした興味で俺は繭を抱いた。
今ではその事を少し後悔している。椎名には早すぎたのかもしれない。
あれが万が一あいつのトラウマになったら…そんな事も考えた。
だから俺はあの言葉に驚いた。
あの反応はあきらかに不安と怯えが混ざったものだったし
無論、誘惑や冗談などでは無かったからだ。
でもちゃんと説明したら誤解だという事は解ってくれた。
これはきっと、俺を信頼していてくれたからだろう。
だから大丈夫。俺達の絆は切れてはいない。
 
俺が再び椎名を抱けるのはあいつが身も心ももう少し大人になってからだと思っている。
俺もその頃にはあいつの事を「椎名」では無く「繭」と呼ぶようになっているだろう。
 
今だから判る。
あの夜の俺もまた、子供だったんだ。
 
 



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